はじめに|腕の骨折でも一人暮らしが難しくなる?

「母が転んで腕の骨を折りました。手術はしないと言われたけれど、本当に大丈夫?」



「父が上腕骨を骨折しました。歩けるのに入院が必要なのでしょうか?」



「一人暮らしで利き腕を骨折してしまい、退院後の生活が心配です」
高齢者の上腕骨骨折は、転倒などをきっかけに起こることが多い骨折です。
大腿骨骨折と違い、歩行能力が保たれている場合もあります。
しかし、腕が使えなくなることで、食事、着替え、トイレ、入浴などの日常生活に大きな影響が出ることがあります。
また、上腕骨の単独骨折では、回復期リハビリテーション病棟への転院が原則として対象外となるため、退院先の選定が難しい場合もあります。
私は医療ソーシャルワーカー(MSW)として、長年、患者さんやご家族の退院支援に携わってきました。
この記事では、上腕骨骨折の治療方法、リハビリ、入院期間、地域包括ケア病棟への転院、費用、退院後の介護サービスについてわかりやすく解説します。
1.高齢者に多い上腕骨骨折とは?
上腕骨は、肩から肘までをつなぐ骨です。
高齢者では、骨粗しょう症などによって骨が弱くなり、転倒して手をついたり、肩を直接ぶつけたりすることで骨折することがあります。
代表的な骨折部位は次の3つです。
- 上腕骨近位部骨折: 肩に近い部分の骨折。高齢者に比較的多くみられます。
- 上腕骨骨幹部骨折: 肩と肘の間にある骨の中央部分の骨折。
- 上腕骨遠位部骨折: 肘に近い部分の骨折。
骨折する場所や骨のずれの程度によって、治療方法やリハビリの進め方が異なります。
2.上腕骨骨折は手術しないこともある?
上腕骨骨折では、骨折の状態によって手術をせずに治療する「保存療法」が選択されることがあります。
特に、骨のずれが小さい上腕骨近位部骨折では、三角巾や装具などを使用して固定し、骨がつくのを待つ方法が検討されます。
一方、骨のずれが大きい場合や関節の状態によっては、手術が必要になることもあります。
| 治療方法 | 主な内容 |
|---|---|
| 保存療法 | 三角巾・装具などで固定し、骨の癒合を待つ |
| 骨接合術 | プレートやネジなどを使って骨を固定する |
| 人工肩関節置換術など | 骨折の状態によって検討される手術 |
保存療法でもリハビリは必要?
保存療法では、一定期間の固定が必要になります。
ただし、長期間まったく動かさないと、肩や肘の関節が硬くなることがあります。
そのため、骨折の状態や医師の指示に応じて、手指や肘の運動、肩の可動域訓練などを段階的に進めます。
固定期間や腕を動かし始める時期は、自己判断せず、必ず主治医やリハビリスタッフの指示に従いましょう。
3.上腕骨骨折の入院期間はどのくらい?
上腕骨骨折では、骨折の状態や治療方法によって、入院せずに外来で治療するケースもあります。
一方、高齢者の場合は、骨折自体が安定していても、痛みが強い、日常生活に介助が必要、家族の支援が難しいなどの理由から、入院や退院支援が必要になることがあります。
例えば、次のようなケースです。
- 利き腕を骨折し、食事や着替えが難しい
- 歩行器を使っていたが、腕に体重をかけられなくなった
- 一人暮らしで買い物や調理ができない
- 認知症があり、固定や安静を守ることが難しい
- 家族も高齢で介助ができない
入院期間は数日から数週間になることもありますが、一律の目安はありません。骨折の状態、治療方針、生活能力によって大きく異なります。
4.腕の骨折なのに、なぜ自宅に帰れないの?
上腕骨骨折の退院支援では、歩行能力だけでなく、日常生活動作を確認することが重要です。
特に利き腕を骨折した場合、これまで当たり前にできていたことが難しくなります。
| 日常生活 | 骨折後に困ること |
|---|---|
| 食事 | 箸や食器を使う、調理する |
| 着替え | 袖を通す、ボタンを留める |
| トイレ | 衣服の上げ下ろし、後始末 |
| 入浴 | 体を洗う、浴槽をまたぐ |
| 移動 | 歩行器や杖を使えないことがある |
| 家事 | 洗濯、掃除、買い物 |
例えば、骨折前は歩行器を使って一人で生活していた方でも、上腕骨骨折によって歩行器が使えなくなり、移動そのものが難しくなる場合があります。
このようなケースでは、骨折の治療だけでなく、退院後の生活をどのように支えるかを考える必要があります。


5.上腕骨骨折は回復期リハビリ病棟に転院できる?
ここは、大腿骨骨折との大きな違いです。
上腕骨の単独骨折は、原則として回復期リハビリテーション病棟の対象疾患に該当しません。
大腿骨近位部骨折は対象になりますが、上腕骨の単独骨折は対象として列挙されていないためです。
そのため、「自宅に帰れないから回復期リハビリ病院へ転院する」という選択が難しいです。
ただし、複数の部位を骨折している場合や、治療に伴う廃用症候群など、別の対象要件を満たす場合には個別に検討されることがあります。
自宅退院が難しい場合は「地域包括ケア病棟」を検討
上腕骨骨折後、痛みや腕の固定によって日常生活に支障があり、すぐに自宅へ帰ることが難しい方には、リハビリを提供している地域包括ケア病棟への転院が選択肢になります。
地域包括ケア病棟は、急性期治療を終えた患者さんなどに対して、在宅復帰に向けた医療・看護・リハビリ・退院支援を行う病棟です。
入院期間は制度上、原則最長60日ですが、必ず60日間入院できるわけではありません。
また、地域包括ケア病棟によってリハビリの提供体制や受け入れ条件が異なるため、転院前の確認が必要です。


上腕骨骨折後の退院先の選び方
| 本人の状態 | 検討する退院先 |
|---|---|
| 日常生活が自立している | 自宅・外来リハビリ |
| 一部介助が必要だが自宅生活が可能 | 自宅+介護保険サービス |
| 自宅退院が難しく、継続的なリハビリが必要 | 地域包括ケア病棟 |
| 要介護状態で生活支援やリハビリが必要 | 老健 |
| 継続的な介護が必要 | 介護施設など |
MSWからのアドバイス
上腕骨骨折の退院支援では、歩行能力だけでなく、食事・更衣・排泄・入浴などの日常生活動作を確認することが大切です。
特に、利き腕を骨折した方や、骨折前から歩行器を利用していた方では、日常生活に大きな支障が出ることがあります。
自宅退院が難しい場合は、地域包括ケア病棟のある医療機関の中でも、リハビリの提供内容、受け入れ条件、退院支援の体制を確認して転院先を選ぶことが重要です。
6.地域包括ケア病棟と老健のリハビリの違い
地域包括ケア病棟と老健では、役割やリハビリの提供体制が異なります。
地域包括ケア病棟では、患者さんの状態に合わせてリハビリを実施し、在宅復帰に向けた身体機能や日常生活動作の改善を目指します。
一方、老健では、20分程度の個別リハビリを週に数回行う施設もあります。
老健では、専門職によるリハビリだけでなく、食事、着替え、トイレ、移動など、日常生活そのものがリハビリという考え方も大切です。
なお、地域包括ケア病棟と老健のリハビリ時間や頻度は、施設の体制や本人の状態によって異なります。
7.上腕骨骨折の入院費用はいくら?【1割負担の場合】
家族が気になるのが、入院費用ではないでしょうか。
ここでは、75歳以上で医療費が1割負担、住民税課税世帯の一般所得区分に該当する方を想定します。
2026年10月現在、この区分の高額療養費の自己負担限度額は月61,500円です。
入院中の食事代は、一般的な所得区分では1食550円、1日3食で1,650円です。
1割負担の場合の入院費用の目安
以下は、同じ月内に入院し、医療費が月額上限に達した場合のモデル計算です。
| 入院期間 | 医療費 | 食事代 | 日用品等(仮定) | 合計 |
|---|---|---|---|---|
| 7日間 | 61,500円 | 11,550円 | 3,000円 | 76,050円 |
| 14日間 | 61,500円 | 23,100円 | 5,000円 | 89,600円 |
| 30日間 | 61,500円 | 49,500円 | 10,000円 | 121,000円 |
※1日3食、差額ベッド代なしの試算です。実際の医療費が上限に達しない場合は、これより安くなります。
上腕骨骨折では、保存療法や短期間の入院の場合、医療費が上限に達しないこともあります。
また、住民税非課税世帯では、医療費や食事代の負担が軽減される場合があります。
注意! 高額療養費は月ごとに計算される
高額療養費制度は、毎月1日から末日までの医療費を基準に計算します。
例えば、10月25日に入院して11月15日に退院した場合、10月分と11月分は別々に計算されます。
また、急性期病院から地域包括ケア病棟のある病院へ転院した場合は、病院ごとに請求されますが、条件を満たせば後から医療費を合算して払い戻しを受けられる場合があります。
MSWからのアドバイス
入院費用が心配な場合は、病院の医事課やMSWに「食事代や病衣代も含めて、退院までにどのくらい費用が必要ですか?」と確認してみましょう。
8.退院後に利用できる介護サービス
上腕骨骨折では、腕が使えない期間の生活支援が重要です。
介護保険を利用できる方であれば、必要性に応じて次のようなサービスを検討できます。
- 訪問介護: 入浴や着替えなどの身体介護、条件に応じた生活援助
- 訪問リハビリ: 自宅での生活動作を想定したリハビリ
- 通所リハビリ: 施設に通ってリハビリを受ける
- 福祉用具: 身体状況に合わせた用具の利用
- ショートステイ: 家族の介護が難しい場合などの短期入所
骨折前は介護保険を利用していなかった方でも、65歳以上で介護が必要な状態になった場合には、要介護認定を申請できます。
認定には時間がかかることがあるため、早めに病院のMSWや地域包括支援センターへ相談することが大切です。
9.よくある質問(FAQ)
- 上腕骨骨折は手術しなくても治りますか?
-
骨折の部位やずれの程度によっては、保存療法で骨の癒合を目指せます。手術の必要性は主治医が判断します。
- 腕を骨折しても歩ければ退院できますか?
-
歩けることだけで判断するわけではありません。食事、排泄、着替え、入浴、買い物など、生活全体を確認する必要があります。
- 上腕骨骨折で回復期リハビリ病棟に入院できますか?
-
単独の上腕骨骨折は原則対象外です。ただし、別の対象要件を満たす場合は個別に検討されます。
- 自宅に帰れない場合、どこに転院できますか?
-
リハビリを提供している地域包括ケア病棟が選択肢になります。ただし、本人の状態や医療機関の受け入れ条件によって異なります。
- 一人暮らしでも自宅に帰れますか?
-
骨折後の身体機能や住宅環境、利用できる介護サービスなどによって異なります。必要な支援を組み合わせることで、自宅生活を続けられる場合があります。
10.まとめ|上腕骨骨折では退院先の選定が重要
高齢者の上腕骨骨折では、手術の有無だけでなく、腕が使えないことで日常生活にどのような影響が出るかを考える必要があります。
特に、一人暮らしの方や、歩行器を使用していた方では、退院後の生活が大きく変わることがあります。
大腿骨骨折と異なり、上腕骨の単独骨折では回復期リハビリテーション病棟への転院が原則対象外となります。
そのため、自宅退院が難しい場合には、リハビリを提供している地域包括ケア病棟への転院などを早い段階から検討することが大切です。
困ったときは、一人で抱え込まず、病院の医療ソーシャルワーカーに相談してみてください。











