親が入院して、ようやく治療が落ち着いてきた頃。
医師から、待ちに待った言葉が告げられます。

「そろそろ退院できますよ」
本来なら「よかった!」と喜ぶ場面です。
ところが家族の頭の中では、別の会議が緊急開催されています。



「えっ、歩けてないけど?」
「トイレは一人で行けるの?」



「昼間、誰が見るの?」
「仕事、辞めろってこと?」



「そもそも実家、足の踏み場あったっけ?」
退院という言葉を聞いた瞬間、家族の脳内に並ぶのは、祝福の紙吹雪ではありません。
介護、仕事、お金、家事、通院、きょうだい問題。
心配事のオールスターが、一斉に入場してきます。
でも、ここで慌てて「絶対に無理です!」だけで終わらせなくても大丈夫です。
退院後の暮らしは、家族だけで根性と気合いを使って成立させるものではありません。
医療ソーシャルワーカーとして退院支援に関わってきた経験から、親を自宅へ帰すのが難しいと感じたときに、家族が確認したいことをわかりやすく紹介します。
「退院できます」は「以前と同じ生活ができます」ではない
まず知っておきたいのが、病院と家族では「退院できます」の意味が少し違うことです。
病院側の「退院できます」は、主に次のような意味です。
- ・入院による治療が終了した
- ・病状が安定した
- ・入院を続ける必要性が低くなった
一方、家族が想像する「退院できます」は、こうではないでしょうか。
- ・一人で歩ける
- ・トイレや入浴も問題ない
- ・食事を作って食べられる
- ・薬を自分で管理できる
- ・家族が仕事へ行っても安全に過ごせる
この差が、退院時の「聞いていた話と違う!」を生みます。
医療的に退院できることと、自宅で以前と同じように生活できることは、必ずしも同じではありません。
だからこそ、退院日だけを決める前に「退院後、実際にどう暮らすのか」を具体的に確認する必要があります。
退院後の生活を考える7つの確認ポイント
1.一人でできることと、できないことを確認する
「だいぶ元気になりました」という説明だけでは、家で生活できるか判断できません。
確認したいのは、具体的な動作です。
- ・ベッドから一人で起きられるか
- ・家の中を安全に歩けるか
- ・トイレへ行けるか
- ・着替えや入浴ができるか
- ・食事や水分を取れるか
- ・薬を正しく飲めるか
- ・認知機能の低下や夜間の混乱がないか
「歩けます」と言われても、病院の平らな廊下を手すりにつかまって歩けることと、段差だらけの実家で生活できることは別問題です。
実家には、病院のように手すりが完備されているとは限りません。
むしろ、玄関には段差、廊下には新聞、床には謎の箱。
高齢の親の家では、思わぬところに生活版アスレチックが完成していることがあります。
可能であれば、看護師やリハビリ担当者へ「自宅では何ができて、何に介助が必要ですか」と具体的に聞いてみましょう。
2.家族ができないことを正直に伝える
家族は、つい頑張りすぎてしまいます。
「何とかします」
「私が通います」
「きょうだいにも頼みます」
ところが、退院してから現実が始まります。
朝は子どものお弁当、昼は仕事、夕方は親の買い物、夜は服薬確認。
気づけば、自分の夕食は立ったまま食べた菓子パン。
これでは長く続きません。
病院には、家族の状況を具体的に伝えてください。
・同居できない
・日中は仕事で不在になる
・夜間の介護は難しい
・頻繁には通えない
・きょうだいの協力を得られない
・家族自身にも病気や子育てなどの事情がある
「仕事があるので無理です」と言うのは、冷たいことではありません。
家族の生活を守ることも、退院支援の大切な条件です。
最初に無理な約束をするより、「できること」と「できないこと」を伝えたほうが、現実的な方法を一緒に考えられます。
3.病院の相談窓口へ早めに相談する
自宅へ帰すことに不安がある場合は、病棟の看護師へ次のように伝えてみてください。
「退院後の生活が心配なので、退院支援の担当者か医療ソーシャルワーカーへ相談したいです」
医療ソーシャルワーカーは、患者さんや家族から相談を受け、退院後の生活や経済的・社会的な問題について、制度や関係機関との調整を支援する専門職です。
厚生労働省の業務指針にも、退院後に生じる問題への相談対応や、転院先・社会福祉施設などの選定支援が位置づけられています。
ただし、空いている施設を魔法のように出現させる職業ではありません。
「明日退院です。今日中に全部お願いします」と言われると、さすがのソーシャルワーカーも心の中で白目をむきます。
困りそうだと感じた時点で、なるべく早く相談することが大切です。
4.介護保険を申請しているか確認する
退院後に介護が必要になりそうな場合は、介護保険の申請状況を確認します。
まだ申請していなければ、市区町村の介護保険窓口や地域包括支援センターへ相談しましょう。
すでに要介護認定を受けている場合は、担当のケアマネジャーへ入院したことと退院予定を伝えます。
利用できる可能性があるサービスには、次のようなものがあります。
・訪問介護
・訪問看護
・デイサービス
・福祉用具のレンタル
・住宅改修
・ショートステイ
必要な支援は、本人の状態や要介護度、家族の状況によって異なります。
「ヘルパーさんが来れば全部解決」と思われがちですが、訪問介護は24時間家にいてくれるサービスではありません。
サービスが入らない時間をどう過ごすかまで考える必要があります。
5.自宅以外の行き先も選択肢に入れる
自宅へすぐ帰るのが難しい場合、状態によっては次のような選択肢があります。
・回復期リハビリテーション病棟
・地域包括ケア病棟
・介護老人保健施設(老健)
・ショートステイ
・有料老人ホームなどの高齢者施設
介護老人保健施設は、病状が安定した人が在宅復帰を目指し、医学的な管理のもとでリハビリなどを受ける施設です。
ただし、誰でも希望すれば必ず入れるわけではありません。
病状、介護度、医療処置の内容、空床、費用などによって利用できる行き先は変わります。
「ひとまずどこかに入れてください」ではなく、本人の状態と今後の目標に合った場所を、病院の担当者と相談していきましょう。
6.きょうだいとは「気持ち」ではなく「担当」を決める
親の退院が決まると、普段あまり登場しないきょうだいから、突然こんな言葉が届くことがあります。
「できる限り協力するよ」
ありがたい言葉です。
ただし、「できる限り」は、限りなくゼロに近づくことがあります。
そこで、話し合うときは役割を具体的にします。
・通院に付き添う人
・買い物を担当する人
・ケアマネジャーと連絡を取る人
・費用を分担する人
・緊急時に動く人
・遠方から電話で安否確認する人
全員が同じ量を担当する必要はありません。
近くに住む人、時間を出せる人、お金を出せる人、それぞれが可能な方法で分担します。
一人だけが「親のことだから」と背負い続ける体制は、長続きしません。
7.退院日は「ゴール」ではなく「生活開始日」と考える
退院できたらすべて解決、ではありません。
むしろ、その日から新しい暮らしが始まります。
退院前に、次の内容を確認しておきましょう。
・次の受診日
・薬の内容と管理方法
・食事や水分の注意点
・入浴や運動の制限
・体調が悪化したときの連絡先
・訪問看護や介護サービスの開始日
・必要な福祉用具が届く日
退院した親を家へ連れて帰ったら、介護ベッドがまだ届いていなかった。
ヘルパーは来週からだった。
薬の説明を聞いた人が、家族の誰にも伝えていなかった。
こうなると、退院初日から家族会議が炎上します。
退院日を決めるときは、「家で迎える準備が整う日」という視点も持っておきましょう。
「家には帰せません」と伝えれば退院を延ばせる?
家族が自宅介護は難しいと伝えたからといって、希望する期間まで必ず入院を延ばせるとは限りません。
病院は、治療の必要性や病状などをもとに入院継続を判断します。
一方で、生活上の問題が残っている場合には、退院後の行き先や利用できる支援について相談することができます。
大切なのは、「帰せません」の一言だけで終わらせないことです。
「夜間に一人になる」
「階段を上がれない」
「家族は仕事を休めない」
「認知症があり、服薬管理ができない」
このように、何が難しいのかを具体的に伝えると、必要な支援を検討しやすくなります。
退院の話が出たら家族が聞くこと
病院へ確認するときは、次の質問をメモしておくと安心です。
・現在、一人でできる動作は何ですか
・どの場面で介助が必要ですか
・自宅で注意する症状はありますか
・夜間、一人で過ごせますか
・介護保険の申請は必要ですか
・利用できそうなサービスはありますか
・自宅が難しい場合、どのような選択肢がありますか
・退院支援担当者へ相談できますか
説明を聞くときは、家族一人ですべて覚えようとしなくても大丈夫です。
メモを取る、家族で共有する、わからない言葉を確認する。
この3つだけでも、退院後の「そんな話、聞いてない選手権」を減らせます。
一人で抱え込む前に相談しよう
親が退院できることは、本来うれしいことです。
それでも、家族が不安になるのは当然です。
親を大切に思っているからこそ、
「転んだらどうしよう」
「また具合が悪くなったら?」
「自分の生活はどうなるの?」
と考えます。
介護は、愛情の量だけで何とかできるものではありません。
必要なのは、気合いより情報。
根性より仕組み。
そして「助けてください」と言える相談先です。
病院の相談窓口、医療ソーシャルワーカー、ケアマネジャー、地域包括支援センターなどへ、早めに相談してください。
地域包括支援センターは、市区町村が設置する高齢者の総合相談窓口です。介護に関する相談や支援は無料で、本人だけでなく家族も相談できます。
退院後の生活には、自宅へ帰る以外にも複数の選択肢があります。
家族だけで正解を出そうとせず、本人にとっても家族にとっても、無理なく続けられる方法を探していきましょう。
参考資料
・厚生労働省「医療ソーシャルワーカー業務指針」
・厚生労働省「地域包括支援センターについて」
・厚生労働省「介護サービス情報公表システム」
※この記事は一般的な情報をまとめたものです。病状や利用できる制度・サービスは個別に異なります。具体的な内容は、主治医、病院の相談窓口、自治体、地域包括支援センターなどへご確認ください。








